父の葬儀で初めて、“準備しておく”意味を知った話
サポートの現場から
今回は、事務局スタッフ自身の体験談から、「準備しておく」ということについて書いてみたいと思います。
父が亡くなったのは、夜中でした。
長く闘病していた父でしたが、いまでいう「終活」は、ほとんど何もしていませんでした。
母や子どもたちに看取られながら旅立てたことは、父にとって幸せな最期だったのではないかと思っています。
でも、その直後の私たちは、何をすればいいのか全く分かりませんでした。
悲しい、というより、頭が追いついていなかった。
病院の方から、「ご遺体を搬送しますので、葬儀社は決まっていますか?」と聞かれました。
そのとき初めて、「亡くなったら、すぐに遺体を動かさないといけないんだ」ということを知りました。
もちろん、決まっている葬儀社なんてありません。
すると病院の方が、数枚のチラシを持ってきてくださいました。
「もし決まっていなければ、このあたりで……」と言われ、私たちはその場で葬儀社を選ぶことになりました。
でも、葬式なんて考えたこともありません。
何を基準に選べばいいのか、私たちには分かりませんでした。
母が、なんとなくの印象で一社を選びました。
ご遺体は自宅へ安置することになり、その日のうちに打ち合わせが始まりました。葬儀社の方は、とても親身に対応してくださいました。
ただ、私たち家族が、あまりにも何も準備していなかったのです。
まず聞かれたのは、「どのくらいの人数を呼ばれますか?」ということでした。
でも、父にどんな友人がいたのか、会社関係でどなたが来られるのか、私たちは詳しく知りませんでした。
最初は家族葬でいいのでは、と思っていました。
けれど葬儀社の方から、「長く会社勤めをされていたなら、参列者が多くなる可能性があります」と助言をいただきました。
棺や花、香典返しを決めていくうちに、気づけば費用はどんどん増えていました。
「思ったより高いね」
母がそう呟いたことを覚えています。
「葬式代って、分かりづらいね」
とも言っていました。
それから10年以上経ちました。
今振り返ると、「思ったより高い」と感じた理由のひとつは、私たちが何も知らなかったことだったのかもしれません。
父と葬儀の話をしたこともないまま、私たちはその場でたくさんのことを決めました。
もし少しでも準備ができていたら、あの時の不安や迷いは、もう少し減らせたのかもしれません。
長い闘病期間があったのに、それでも準備は何もできていませんでした。
聞いていたのは、「遺骨は散骨してほしい」ということだけ。
どこで葬儀をしたいのか。
誰に連絡をしてほしいのか。
私たちは何も知りませんでした。
目的が曖昧なまま、なんとなくプランを選ぶ。
それが、「思ったより高かった」という不満にもつながるのかもしれません。
もし事前に、本人の希望や優先順位を話せていたら。
「ここはお金をかけたい」
「ここは簡素でいい」
そんな判断も、落ち着いてできたのかもしれません。
そして、後日談があります。
父の葬儀から1年後、突然、父の高校時代のご友人から連絡がありました。
「亡くなったことを人づてに聞いた。せめてお線香だけでもあげさせてほしい」
そう言って、家まで来てくださったのです。
私たちはそのとき初めて、父が闘病中もその方と連絡を取り続けていたことを知りました。
携帯電話の画面を見せていただき、父にも、私たちの知らない人生やつながりがあったのだと感じました。
葬儀にお声がけできなかったことを、私たちは申し訳なく思いました。
亡くなった後のことを考えるのは、簡単なことではありません。
私自身、父が元気な頃に、葬儀のことや亡くなった後のことを話すのは、どこか縁起が悪いような気がしていました。
だから結局、何も聞けないままその時を迎えました。
どんな葬儀にしたいのか。
誰に連絡をしてほしかったのか。
何を大切にしたかったのか。
私たちは、ほとんど知りませんでした。
でも、亡くなったあとには、想像していた以上に、短い時間でたくさんの判断をしなければいけません。
悲しみながら、冷静に決めるのは難しい。
だからこそ、元気なうちに、
「少しだけ話しておく」
それだけでも、残された家族にとっては大きな助けになるのだと思います。
準備は、“特別なこと”ではなく、家族を迷わせないための優しさなのかもしれません。
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